【新刊】エッセイ集『南相馬メドレー』発売中

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『南相馬メドレー』第三文明社、2020年3月11日
MinamisomaMedley
カバー写真:柳美里
ブックデザイン:鈴木成一デザイン室
本文写真:柳美里、宍戸清孝(139頁)

定価:1,500円+税
ISBN:978-4-476-03390-8

【目次】
はじめに

2015年
南相馬に転居した理由
台所の正方形の窓
漂泊の果てに

2016年
南相馬での年越し
教壇に立つ
三月十一日
記憶の中のおにぎり
信頼の味覚
猫の心、猫の命
九・四キロ
死者と共に
息子の成長と帰るべき場所
「悲しんでいる人たちの前では喜べないよね」
「フルハウス」
常磐線復旧

2017年
他者を希求し、受け容れられるように
先生の雅号は「明雨」
「もう、梨作りをすることはない」
倫理の行き止まり
「あの家を生かしてもらえれば……」
本棚の繫がり
お墓参り
女川駅舎の紙製のベンチ
大いなる力とあやとり
縁の糸

2018年
良い本との出会い
北海道へと旅立つ息子
真っ白な景色
最後の避難所
五十歳
「青春五月党」復活
稽古開始
再演を誓う
無謀な状況には無謀さを持って立ち向かう
二〇一九年の目標

2019年
ニューヨークでの最期の暮らし
山折哲雄さんとの対談
「りょう」として語る自らの体験
「静物画」東京公演を終えて
小高の桜並木
昆虫好きな息子
「転」の連なり
共に過ごせる今
「ある晴れた日に」
「こういう時こそ、小説や芝居が必要だ」
悲しみを追悼する
知ったことの責任

あとがき
謝辞

【はじめに】
「南相馬メドレー」の連載を始めたのは、鎌倉から南相馬に引っ越したばかりの時でした。
もうじき5年になる今だから、引っ越し当時の気持ちをそのまま書くことができます。
南相馬の住民や地元紙の記者に「思い切った決断をしましたね」という言葉を向けられると、「いえ、思い切った、という感じはしません。流れに身を任せただけです」と答えていましたが、実際は、やはり、思いを切ったのです。

息子は、1歳から15歳まで鎌倉で過ごしました。
鎌倉の家は、わたしが初めて土地を選び、細々と注文して家を設計し、一年中いつでも花が咲いているように辛夷、梅、沈丁花、桜、花水木、牡丹、山査子、合歓木、百日紅、金木犀などの庭木を選んで配置し、メダカ、ドジョウ、ヤマトヌマエビ、タニシを放ってビオトープを造り、わたしの好きなクライミングローズを門扉のアーチに仕立て、息子がおこづかいとお年玉を貯めて一鉢一鉢蒐集した二百鉢以上の洋蘭のために大きなガラス温室がありーー、つまり、愛着のある住まいだったのです。
住まいだけではなく、毎日のようにランニングをしていた源氏山公園から由比ヶ浜に抜ける道、息子の幼稚園に通った鶴岡八幡宮の桜や蓮や藤棚、流鏑馬や花火大会などの行事や鎌倉時代の史跡にも、自分と家族の無数の物語が織り込まれていました。
だから、家族でテレビを観ている夕飯の最中に鎌倉の町並みが映ると、わたしの心は凍りつきました。消そうとも言えず、画面から目を逸らすこともできず、人手に渡った自宅のある扇ガ谷周辺が映らないように、と祈るような気持ちでテレビを睨んでいました。
仕事で東京に出張した帰りに、東京駅構内を横須賀線ホームに向かって歩いてしまい、あ、違う!と叫んで足を止めたことも一度や二度ではありません。
南相馬でも、町を歩いていて、ふと道路標識を見上げると、「波江 いわき方面」という地名が目に入り、茫然と立ち尽くすことがあります。
ずいぶん、遠くに住んでいるな、と――。
そのたびに、わたしは、原発事故によって住み慣れた地域から引き剥がされて避難生活を送っている方々の心と、朝鮮戦争時に身一つで日本に逃れて来た祖父母の心を近くに感じます。
わたしの場合は、わたしの決断に依る転居なので、原発事故や戦争によってある日突然暮らしを奪われた人の痛苦とは比較になりませんが、この世に生を亨け八十年あまりでこの世を去っていく人間にとって日々の暮らしとは何か? 暮らしの安定とは何なのだろうか? と考えずにはいられなかったのです。
わたしは、息子と、鎌倉から南相馬に転居した時の気持ちについて話したことがありません。
息子は、昨年の春、大学進学のために北海道に転居しましたが、春や夏や冬の休みには南相馬の家に帰ってきます。その前後に必ず、息子は鎌倉の祖母(わたしの母)の家に何泊かしているのです。息子の方から「静雨庵のチャーシュー麺は、やっぱり日本で一番美味しいラーメンだね」とか、「化粧坂切通しから源氏山公園に登って、ハイキングコースを歩いてみた」などと報告されることもあり、そこまで行ったのなら、自分が15年間暮らした家の前にも行ってみただろうと思い、そう思った瞬間、記憶の中の家路を風が吹き抜けるのです。
でも、「扇ガ谷の家に行ってみた?」と質問することはできない。その質問を口にする時の自分の顔と、その質問の答えを口にする時の息子の顔を、想像することすら怖いから――。

メドレーというのは、間にナレーションなどを入れずに、いくつかの曲を続けて演奏することです。
ある曲では、わたしの人生における劇的な変化を奏でています。
ある曲では、朝起きて夜眠るまでの単調ともいえる日々の暮らしを奏でています。
ある曲では、過去の悲しみを奏でているかもしれません。
未来に向かうということは、過去を置き去りにすることではありません。
未来に一歩足を進めるごとに、その一歩分の過去を担うことができる、あるいは、過去に一歩足を進めるごとに、その一歩分の未来を担うことができる。
さぁ、わたしが歌う「南相馬メドレー」を聴いてください。
そして、あなたの声で、いくつかの歌を口ずさんでいただければ、うれしいです。

【あとがき】
子どもの頃から、わたしはよく迷子になります。
これが地図ね、と手渡されても、紙の上の地点と、自分の今いる場所を一致させることができません。グーグルマップで音声による経路案内をしてもらっても、東西南北や左右がわからず、スマートフォンをぐるぐる回転させたり、自分自身がぐるぐる回転したりします。
つい先日も――、芝居の打ち合わせと飲み会を終えて、山手線の終電で東京神田のビジネスホテルにチェックインしました。そこまでは、数人のスタッフと一緒だったから迷うことはなかった。
部屋にスーツケースを置いて一人でフロントに下り、5分ほど歩いたところにあるコンビニでミネラルウォーターとヨーグルトとバナナとチョコレートを購入しました。
店の外に出た途端に、自分が右から来たのか左から来たのかわからなくなり、一本一本道を潰して行くしかないかと歩いているうちに、1時間が過ぎ、2時間が過ぎて、もう一度コンビニからやり直そうと思って引き返したつもりが、見たことのない道を歩いているような気がして、恐怖の疲労で立ち竦みました。こういう時は、スタッフに電話して、近くの店やビルの名前を伝え、どこにいるのかをインターネットで調べてもらうのが常なのですが、スマホをホテルの部屋に忘れてしまった――。
でも、財布は持っている、ホテルの名前も憶えている、と気持ちを落ち着かせて、わたしは大通りに出てタクシーに向かって手を挙げました。タクシーの運転手にホテルの名前を告げると、「すぐ近くだよ。お金もったいないから歩いて行きなよ。ほら、ここ、10分もかからない」とカーナビを見せられたので、仕方なく車から降りるしかありませんでした。
徒歩10分の場所にあるのだから、と気を取り直してホテルへの道を探してみましたが、30分歩いても辿り着かないので、再び大通りに出て別のタクシーをつかまえ、ようやくホテルに到着することができました。空はすっかり白んでいましたが――。
わたしは子ども時分から、日本語をしゃべれない振りをした方がわかりやすく道を説明してもらえるかもしれないと真剣に思うほどの方向音痴なので、もしかしたら、なんらかの問題があって視空間認知能力が低いのかもしれません。
目的地までの経路にある建物の特徴を詳しく説明してもらい、そのメモを確認しながら歩けば、辿り着くことができる場合もあるのです。
たとえば、こんな説明をしてもらえれば……。
「駅の改札口を背にして、バスのロータリーの向こうを見てください。不動産屋とリサイクルショップのテナントが1階に入っている白い5階建のマンションとタクシー会社の間の道を真っ直ぐ進んでください。コンビニを通り過ぎると、緑のとんがり屋根の小児科が見えてきます。小児科の前の小道を曲がってください。児童公園があります。我が家は、ブランコの後ろの茶色い煉瓦づくりの2階屋なんですが、駐車場に真っ赤なフォルクスワーゲンが停まっていて、出窓にミッフィーのぬいぐるみがたくさん並べてあるから、すぐにわかると思います」

でも、迷わない場所が、いくつかあります。
いま暮らしている場所と、かつて暮らした場所です。
南相馬では、3年間暮らした原町区南町にある夜ノ森公園、相馬農業高校、山田鮮魚店の辺り。よく散歩をした東ヶ丘公園、本陣山、博物館、雲雀ヶ原の辺り。今の自宅のある小高区東町周辺。小高駅から真っ直ぐ続く駅通り、小高川沿いの桜並木の遊歩道、村上海岸、大悲山の磨崖仏、浦尻貝塚の辺り。
小高の隣の浪江町では、なんと言っても、請戸川リバーラインの桜並木――。
これらの場所は、もし、目が見えなくなっても、はっきりと思い描くことができるでしょう。
今際の際に走馬灯のように過去が蘇るというのが本当だとしたら、きっときらきらと流れて最期の瞬間を彩ってくれると思います。

知らない場所を迷いながら歩く時は、緊張で硬くなった体を自分と世界を隔てる境界線のように感じますが、よく知っている場所を歩く時は、自分と世界の境界線が溶け、体と心が世界に解き放たれるような気がします。
そんな時、わたしは歩きながら、歌を口ずさみます。
今日もわたしは、夕陽の赤が静かに広がる南相馬の町を、小声で歌を口ずさみながら歩いています。
いま、ここに在る、という自分の位置を確認しながら――。

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